「骨太ショックで日本経済が危ない。」
「骨太ショック」は本当に起きたのか
最近、そんな見出しを見て、不安になった方も多いのではないでしょうか。
長期金利の上昇も、慢性的な円安傾向も、高市政権の経済政策が原因だという声まで広がっています。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
実は、この問題はそれほど単純ではありません。
今回の議論の焦点は、金利や為替だけではありません。
もっと大きなテーマがあります。
それは、「誰が日本の進路を決めるのか」という問題です。
今回は、「骨太ショック」と呼ばれる騒動の背景を整理してみます。
「骨太ショック」は本当に骨太方針が原因なのか
きっかけとなったのは、「骨太の方針2026」です。
政府は「責任ある積極財政」を掲げました。
成長につながる投資は積極的に進める一方で、市場の信認や財政の持続可能性にも配慮するという考え方です。
ところが、一部では「財政規律を放棄した」「国債が売られる」「金利が急騰する」といった不安が広がりました。
そして、これを「骨太ショック」と呼ぶ者が増えました。
しかし、数量政策学者の高橋洋一氏は以前から、このような見方に疑問を呈しています。
長期金利は、一つの政策文書だけで決まるものではありません。
世界経済の動き。
中東情勢や地政学的リスク
アメリカの金融政策。
日銀の国債買い入れ。
物価や景気の見通し。
さらに投資家心理など、多くの要因が重なって動いています。
そのため、「骨太方針が出たから金利が上がった」と断定するのは、かなり無理があるというか、短絡的と言わなければなりません。
国会でも高市総理は、原案が示された段階だけで市場が大きく反応したとは考えていないという趣旨の答弁をしています。
無論、原案だから全く影響はないとは言えないでしょうが、少なくとも「骨太ショック」呼べるほどの影響力が骨物の方針にあったとは言いがたいということでしょう。
積極財政と財政規律は対立するのか
今回の骨太方針で重要なのは、「積極財政」だけではありません。
「責任ある」という言葉です。
無制限に国債を発行するという話ではなく、成長への投資によって税収を増やし、結果として財政も改善していこうという考え方です。
企業でも、売上が落ちているときに投資まで止めてしまえば、事業そのものが縮小してしまいます。
一方で、設備投資や新しい挑戦によって利益が増えれば、財務体質も改善します。
もちろん、国家財政は企業経営とは同じではありません。
それでも、「成長なくして財政再建なし」という考え方には、多くの経済学者が一定の理解を示しています。
一方で、財政規律を重視する立場からは、将来世代への負担や市場の信認を維持する必要があるとの意見もあります。
だからこそ、この問題は「どちらか一方が絶対に正しい」と簡単に結論づけられるものではないでしょう。
ただ、これまで日本が縮み思考に陥り、過度に財政出動を抑制してきたことが失われた30年に繋がったという反省は必要でしょう。
本当の争点は「誰が政治を決めるのか」
今回の議論で見落としてはいけないのは、政策そのものよりも政治の仕組みです。
日本は国民主権の国です。
国民が国会議員を選び、その多数派が内閣をつくります。
最終的な政治判断を行うのは、国民から信託を受けた政治家です。
一方で、財務省をはじめとする官僚は、高度な専門知識を持ち、行政を支える重要な存在です。
制度設計や予算編成には欠かせません。
問題になるのは、その役割の線引きです。
政治家が政策を立案し、官僚が政策の遂行を支え、最終責任は政治側がとる。
これが本来の姿です。
ところが、日本では長年、「財務省の意向が政策を大きく左右しているのではないか」という見方が支配的です。
もちろん、財政規律を重視すること自体は重要です。
しかし、選挙で示された民意よりも官僚組織の考え方が優先されるのであれば、それは国民主権ではなく官僚主権であり、民主主義のあり方としては決して適正とは言えないでしょう。
まとめ
見るべきなのは見出しではなく政策の中身
今回の「骨太ショック」をめぐる騒動は、単なる市場の話ではありません。
経済政策の先には、物価高に苦しむ家庭があります。
人手不足に悩む企業があります。
賃上げを望む働く人たちや、地域経済の活性化という課題もあります。
だからこそ、本当に議論すべきなのは、「どんな政策が国民の暮らしを良くするのか」という点ではないでしょうか。
高市総理が掲げる「経済成長なくして財政再建なし」という考え方にも、財政規律を重視する考え方にも、それぞれ根拠があります。
大切なのは、国会で十分に議論し、最後は国民が選挙選んだ政治家が責任を持って判断を下すことです。
我々国民は、「骨太ショック」という刺激的な言葉だけに振り回されるのではなく、政策の中身を自分の目でしっかりと確かめる姿勢が、これまで以上に求められているのではないでしょうか。
